こんにちは。鍼灸院ひなたの寺嶋です。
10月も本当にあっという間ですね😳

最近Mrs. GREEN APPLEの「シンデレラ」という楽曲に心が動かされて、皆さんにも共有したく、ブログにしました。

きらびやかなMVの世界観とは裏腹に、歌詞では誰もが抱える「葛藤」や「嫉妬」、「弱さ」を痛烈に歌い上げ、それを最終的に「自分の一部」として受け入れていく、という強い決意が描かれている、とても深い楽曲です。

特に、以下のフレーズは、多くの人の心にも響くのではないかと思います。

「今だって私は弱虫で、いつだって誰かを妬むけど、いいのいいの。この痛みこそが、とても私だもん」

このフレーズには、他人の期待に応える「理想の自分」を演じるのではなく、ありのままの自分を受け入れ、自分の人生を生きていこうとする主人公の強い意志が込められているように感じられました。

他人の期待を演じる「シンデレラ」の役割

私たちは、日常生活の中で、家族、友人、職場など、様々な場面で「役割」を演じています。「良い子」「良い親」「良い社員」……。他人の期待に応えようと、本当の自分を隠し、理想の自分を演じることは、決していけないことではありません。しかし、その役割を演じ続けることで、自分自身の本当の声が聞こえなくなってしまうことがあります。

シンデレラの物語のように、灰を被るような惨めな状況や、継母たちへの感情、そして王子様への憧れ……。それらすべてを隠し、ガラスの靴を履き、きらびやかなドレスを身にまとって、他人が望む「理想のシンデレラ」の役割を演じること。それは、自分自身を欺き、本当の自分を失ってしまうことに繋がるかもしれません。

フレーズに込められた「痛み」の受容

  • 「弱虫」で「誰かを妬む」自分: 他人から見たら「悪いこと」や「見っともないこと」として隠したくなる感情です。しかし、主人公は、その感情を否定したり、無理に隠そうとしたりするのではなく、ありのままに許す(いいのいいの)。
  • 「この痛みこそが、私だもん」: 弱さや嫉妬によって感じる「痛み」は、他ならぬ「自分自身」が感じている、紛れもない現実。その痛みを受け入れることで、初めて「自分の声」を聞くことができる。

「自分の声」に気づくということ

「自分の声」に気づくということは、単に自分の好きなものややりたいことに気づくだけではないなと思ってます。それは、自分自身の弱さ、醜さ、葛藤も含めて、ありのままの自分を受け入れることです。他人の価値観や期待によって作られた「理想の自分」ではなく、不完全で傷だらけの「自分自身」として生きていくこと。それが「自分の本当の声に気づく」ということでもあるのかなと思います。

また、私は実は身体からもその抑えてしまっている自分からのエラーが症状として出てきているのではないかと思っています。

ストレスはかかっていないと思っていても実際は体が緊張していたり、呼吸が浅くなっていたり。身体の声に耳を傾けること、症状から本当のその人の声に気づけることもあるなと思います。

私は鍼灸師として目の前の方の心の声を症状から紐解く、心と体を合わせる作業のお手伝いができたらと思います。

何か症状で少しでもお困りの方がいらしたら一度ご相談いただけますと幸いです。
本日も最後までお読みいただきありがとうございます。