
こんにちは。院長の山元です。
「ホルミシス効果」という言葉をご存じでしょうか?一見、聞き慣れない専門用語ですが、その本質はとてもシンプルです。少しの刺激が身体を整える。私たちが日々の臨床で感じる「ちょうどよい刺激が効いている感覚」は、このホルミシスという現象で説明できるかもしれません。
鍼灸は、痛みを取る技術ではなく、“回復する身体を引き出す技術”です。その根底には、過剰でも過小でもない、適切な刺激量の哲学があります。このブログでは、「鍼灸=ホルミシス的アプローチ」と捉えて、東洋医学と現代科学を行き来しながら、その可能性を探っていきます。
【ホルミシス効果とは?】
ホルミシスとは、**「低用量のストレス刺激が、身体に有益な変化を起こす」**という考え方です。例えば、運動やサウナ、断食などが身体に良いのは、一時的な負荷が私たちの回復力・修復力を呼び覚ますからです。これも一種のホルミシス。
研究の世界では、昆虫にごく少量の放射線をあてたところ、寿命が延びたという有名な実験もあります。「少しの毒が薬になる」ということわざのように、昔から人はこの現象に気づいていたのかもしれません。
ホルミシスは、健康長寿・免疫・神経の回復など多くの分野で注目され、今や“身体を鍛える科学”として研究が進んでいます。
【ホルミシス効果のメカニズム】
ホルミシスのメカニズムは、単なる偶然ではありません。低刺激を受けた細胞は、抗酸化酵素の増加、DNA修復機能の向上、免疫の活性化といった反応を示します。
鍵となるのは「Nrf2」という転写因子や、ミトコンドリアが出す“弱いストレス信号”。これらが、身体に「そろそろ備えたほうがいい」と知らせてくれる役割を果たします。
つまり、軽い刺激が“防御スイッチ”を押してくれる。ストレスは悪者ではなく、適度であれば味方になるのです。大事なのは「強く刺激すること」ではなく、「ちょうどよく刺激すること」。ここに、鍼灸の本質も重なります。
【鍼灸が“ホルミシス”である理由】
鍼灸は、明らかに“強い治療”ではありません。ほんの数ミリ刺すだけの鍼や、あたたかさを感じる程度の灸。それでも人は回復し、痛みが和らぎ、眠れるようになります。この不思議な効果には、ホルミシスの要素が色濃く含まれていると考えられます。
近年の研究では、鍼によってSODやカタラーゼなどの抗酸化酵素が上昇し、ストレスへの抵抗力が高まることが報告されています。また、酸化ストレスの制御に関わるNrf2経路の活性化も認められています。
つまり、鍼灸は「優しいストレス」を与え、身体の修復力を引き出すアプローチ。筋肉をただ緩めるだけではない、生体レベルの反応を促しているのです。
【東洋医学における“ホルミシス的発想”】
この“適度な刺激で整える”という発想は、実は東洋医学の核心でもあります。
鍼灸には、**「補法」と「瀉法」**という技術があります。足りないものを補い、過剰なものを抜く――これもまた、「ちょうどよさ」を追求する考え方です。陰陽のバランス、虚実の調整、すべては“強すぎない、弱すぎない刺激”を探る営みとも言えます。
また、「毒をもって毒を制す」という思想や、「経絡のつまりを少しだけ動かして流す」といった感覚も、ホルミシス的です。
東洋医学の知恵は、ホルミシスという言葉が生まれるずっと前から、実感的にそれを活用してきたともいえるでしょう。
【なぜ今、鍼灸とホルミシスに注目すべきか?】
現代人の身体は、「無刺激」と「過刺激」の間でバランスを崩しています。スマホ、薬、座りっぱなしの生活、慢性的なストレス――どれも身体の自然な回復力を鈍らせます。
そんな時代にこそ、鍼灸の“適度な刺激”が意味を持ちます。強制ではなく、促し。反応を引き出すことで、自己回復力を育てる。それがホルミシスであり、鍼灸の真価です。
薬に頼る前に、少しだけ自分の身体を信じてみる。鍼灸には、そんな選択を後押しする力があります。
「治る」のではなく、「治そうとする力を高める」――それが、ホルミシスとしての鍼灸の可能性だと、私は考えています。
【まとめ】
鍼灸とホルミシス。異なる文脈で語られてきたふたつの世界は、実は同じ“原理”を共有しています。
少しの刺激が、身体の奥にある回復のスイッチを押す。
強い治療ではなく、ちょうどよい刺激によって人は変わる。
私たちは、それを臨床で毎日のように見ています。
そしてそれは、単なる経験論ではなく、科学的にも裏付けられつつあります。
鍼灸が「優しい治療」である理由。
それは、“小さな刺激が最大の変化を生む”という、
人の身体に本来備わった力を信じているからです。
本日もお読みいただきありがとうございました。