
こんにちは!寺嶋です☺️
今年は本祭りですよ!!!皆さん!!
ひなたの近辺にお住みの方はご存知かと思いますが
2026年は3年に一度の「本祭り」の年です。赤坂山王祭、神田祭と並ぶ「江戸三大祭り」の一つ「深川八幡祭り(富岡八幡宮例大祭)」は、深川の街が一年で最も熱狂する歴史的な大祭です。
3年前に初めて参加させてもらったのですが、その年は大雨が降っている中、さらに水をかけられとってもびしょびしょになりました笑
下町生まれにして神輿を担ぐのは初めてだったのですが街全体が活気にあふれて最高でした。翌日から1週間くらい筋肉痛もありましたが、、、笑
今年は髙木先生と参戦します!!
数名の患者さんも参加いただく予定です!!
もし我こそは!!という方いらっしゃいましたら一緒に担ぎましょう笑
お祭りや深川という街については下記ご覧ください。
1. 深川という街の歴史と地域文化
深川は、江戸初期の開拓によって生まれた「水運と庶民の街」です。その独特の風土が、今も受け継がれる「深川の粋(いき)」を育みました。
- 水運と材木の街隅田川の東側に位置し、縦横に張り巡らされた河川や掘割(運河)を利用して、江戸城造営や街づくりに必要な材木・米・薪炭が集まる物流の拠点(木場など)として発展しました。
- 「深川の粋」と人情男気あふれる川並(材木を扱う職人)や船頭、そして江戸で初めて辰巳芸者(深川芸者)が活躍した場所でもあります。格式よりも意気地や情に厚く、さっぱりとした庶民的で活気ある町人文化が根付きました。
- 富岡八幡宮の門前町1627年(寛永4年)に創建された富岡八幡宮を中心に、門前町として栄えました。勧進相撲(大相撲の前身)の発祥地としても知られ、常に多くの人々が集まる賑わいの中心地でした。
2. 深川八幡祭りの歴史
- 始まりは寛永19年(1642年)深川八幡祭りの起源は、江戸幕府の命により徳川三代将軍家光の長男・家綱の世継ぎ祝賀を行ったのが最初と伝えられています。380年以上の伝統を誇ります。
- 江戸っ子が熱狂した群集の伝説江戸時代からその規模と熱気は群を抜いており、1807年(文化4年)の例大祭では、詰めかけた大勢の見物人の重みに耐えかねて永代橋が崩落するという痛ましい大事故(永代橋落橋事故)が起きたほど、江戸中の注目を集める行事でした。
3. 「本祭り」と祭りの大きな特徴
深川八幡祭りは、毎年8月中旬に行われますが、年によって形態が変わります。
- 3年に一度の「本祭り」祭りは「本祭り」「陰祭り」「子供神輿」の周期で行われます。本祭りの年には、氏子各町から50基以上(54基)の大人神輿が一堂に会する「各町神輿連合渡御(かくちょうみこしれんごうとぎょ)」が行われます。約8kmのコースを神輿の列が延々と連なって練り歩く光景は圧巻です。
- 「水掛け祭り」の由来と意気別名「水掛け祭り」とも呼ばれます。真夏の猛暑の中で担ぎ手を冷やす実用的な意味に加え、沿道の人々が神聖な水で担ぎ手を清める「お清め」の意味が込められています。消防団による豪快なホースでの放水や、沿道の住民がバケツで水を浴びせる姿は、担ぎ手と観客が一体となる深川ならではの風物詩です。
- 掛け声は「わっしょい」全国的には「エッサ」「ソイヤ」などの掛け声も多いですが、深川では伝統的に「和を背負う」「和と一緒」に由来するとされる「わっしょい、わっしょい」の威勢良い掛け声が響き渡ります。
本祭りの年は、永代橋を渡る神輿の列や宮入の熱気が最高潮に達し、街全体が江戸時代にタイムスリップしたような熱狂に包まれます。
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